PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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だからと言って焦る性格でもない。
おまけに学園には、何階から飛び降りようが平気な人間もいるのだ、反応も鈍くなろう。
普段ならそのまま流す所だが、それが見知った相手ならまた別だ。
「――江間クン?」
携帯を確認する横顔に、記憶との一致を見留めて囲いの外の相手に話しかける。
振り返った人間は、多分呼びかけた人間と同一だ。
柵を掴むその姿に少しだけ歩み寄って止まる。
「落ちたら潰れて死んじゃうよ」
もし本人としたら、そんな間抜けをしでかす性格にも思えなかったが、一応。
相手は数度瞬く程度の間を置いて口を開く。
「……潰れて、」
微妙に掠れている気もしたが、確かに江間の声だ。
呟かれた言葉に頷いて同意する。
人は普通、高い所から地面に落ちたら潰れて死ぬ。
当たり前の事だ。
エアライダーではない江間には確実に通じる理屈だ。
「頭が潰れちゃったら、蟲でも追いつかないからねぇ」
当たり前の事を続けながら、自分も柵に近付く。
いつぞや路上に落とした桃を思い出した。
何処か粘着質な音を立てて潰れるもの。
よくある事。
だから。
危ないよ。
やっぱり当たり前の事を繰り返した。
江間は柵の向こうに立ったまま笑う。
「見たことあるみたいに言うね」
「見たことあるからねぇ」
それに応える様に少し笑った。
当たり前の理屈は、当たり前だからこそ時に唐突に目前に提示される。
だから別に、珍しくも無い事。
落ちて潰れて鈍い音。
フェンスに手を掛け乗り越えた江間が軽くバランスを崩した。
条件反射の様に大丈夫かと問うと、軽く縦に首を振る。
「……昨日サイコチェーンソーに囲まれちゃってさ」
「ああ、江間クンなんでか好かれてるよね!」
いつだか行ったGTで無駄に追い回されていたのを思い出して笑った。
武器を持って追いかけてくる相手、それを見ても笑える環境、おかしいといえばおかしい。
けどまあそれでも、平穏といえば平穏だ。
「……ところで菫センパイ、何しに来たの?」
「高いところが好きだから!」
「なんで好きなの」
「何となく!」
問われた言葉に迷わず即答。
明快な理由が存在していないのだから仕方あるまい。
右と左のどちらが好きですか。
右が好きです。
何となく。
「……菫センパイってさ、結構好きなこと好きなように喋ってるでしょ」
「まあね!」
これまた即答すると、江間も笑った。
フェンスに背を預けてずるずる座り込む相手を横目に空を仰ぐ。
少しの間の後、
「……菫センパイはさ、誰かが誰かの代わりになれると思う?」
黙っていた江間が、唐突に言葉を漏らした。
意図は分からないが、質問自体は理解出来る。
「――なれるでしょう」
「なれる――かな」
さして迷わず告げた答えを、座った相手は反復した。
「人間なんて山ほどいるんだから、似た存在を探すのなんてそう難しくもない」
江間にとっての菫、菫にとっての江間。
位置付けとして似た人間を探すのは、大して難しくない。
『そのもの』を求めても無駄なのは当たり前だが、『代わり』ならば幾らでも。
積極的に代わりを求める、代わりになりたがるのならば余計に。
少なくとも、自分はそう考える。
「……じゃあさ」
少し声を抑えた江間が続けた。
「菫センパイは誰かの代わりになれる?」
逡巡。
「私は私を曲げるつもりは無いけど、他の誰かが私の中に誰かを見出すのを止めるのは不可能だよ」
自分は自分で生きているつもりでも、Aの中では「Bに似ている」言動かも知れない。
それは「代わりになろう」と意図してやった事ではない。
そのAの中で、Bの方が比重が大きかったというだけだ。
「……菫センパイに、」
一度詰まって、江間は言い直す。
「菫センパイが、すげー大事に思う人がいたとして、その人が、自分に誰かの影を見てたら、センパイどうする?」
「……、その状況になった事がないから、推測で話すよ?」
夕日の下、下校する生徒の姿を見て僅かに考える。
答えはまあ、あっさりと出た。
「それの代替として私を見るのは勝手だけど、代替としての役割を押し付けるのならば、それは私の大事な相手にはカテゴリされない」
誰がどう自分を見ようが勝手だが、「誰かの代わりになれ」と押し付ける人間には好感は抱かない。
どうにもならない、大事だとも思えない。
菫にとって、前提から有り得ない。
そして重ねて見るだけならば、それは別にどう思うものでもない。
それだけの話。
「……大事な人は、いた?」
「さあ。私が一番大事なのは自分だしねぇ」
肩を竦める。
今までの記憶の中に、「大事」と呼べる人間はいない。
学校に来てからの知り合いならば、それに近く分類される人間もいるが――少なくとも過去形では、無い。
「一体何をもってして自分だって証明するの」
「自分が、自分を自分だと思う限り」
倫理か哲学の授業みたいだねぇ、と心中で笑う。
言葉遊びに似た答え、人によっては馬鹿馬鹿しいと投げる答え。
江間は真面目に考えているらしい。
「あっても邪魔な自分なんて、ないほうがよくねェ?」
滑り出た言葉に首を傾げる。
「――あっても邪魔、と思う人は誰さ?」
特に含みも無く振り返って問えば、確かに江間は息を詰めた。
「――オレだ」
「オレが」
揺らいだ声が流れ出す。
おや、と思う間も無く、江間から言葉が溢れ出す。
「――オレの男親、ヨシタダっていってさ、もう死んでるんだけど」
音の響きは覚えている。
確かに前、いつだったかは忘れたが、確かそんな話もした。はずだ。
「死人のくせにオレの大事な人たちにすげー愛されててね、どれくらいかっていうと、その人たちの半分くらい道連れに死んじゃうぐらいに」
「――エマって、ヨシタダって呼ぶんだ。ああ、エマって母さんの名前なんだけど。一人は分かってて呼ぶ、一人は分かってないまま呼ぶ。どっちもすげー人でさ、仕事も出来るし力もあるし、周りから尊敬されててオレからみたってかっこいいんだ、でもどうしようもなくどっかが壊れてて、オレにだけそれを見せるんだ――違う、ヨシタダにだけ見せるんだ」
「最初は自惚れた、ヨシタダって呼ばれる意味をわかってなかったから、オレが愛されてると思ったんだ。でもすぐに分かった、分かるよね、見てないことぐらいわかるよ、」
これは返答を求められてはいない、と理解して、口を噤む事にした。
江間は気にした様子も無い。
揺らいだ声は押し出される様に流れてくる。
何処かのスイッチをうっかり押してしまったらしい。
「一回言ったんだ、その人はもう死んだんだって。ああ15になったばっかだったからちょうど一年前くらい? うん。死んだんだよって、死んじゃった人のことばかり想わないでって、言ったんだ」
「そしたら怒りを買っちゃってさ、まあ当たり前だよねお笑い種! もうマジぐっちゃぐちゃになるまで殴られてさ、顔…ああ知ってる? 人を殺すときにね、知らない相手だと大体顔は狙わないんだって、顔を潰すのって身内が多いのな。ホント狙われて、あの人オレの顔が嫌いなんだ、母さんそっくりだから。オレは母さんなんかよりよっぽどあの人のほうが大事だったのに」
「自分の人生は、そいつに愛された数年間のためにあったんだ、って断言されちってさ」
「お互い知ってたんだ、知ってたよ、でもアレはトドメだった、一回死んだような気がした。オレの周りは本当ろくでもない大人が多くてろくでもねぇ目にいっぱいあったけど、あんだけひどい気分になったのは初めてだったよ」
静かになってきた校舎を見下ろすようにフェンスにもたれる。
自分には良く理解出来ない感覚だから、何か言う事も無い。
強いて言うならば、ロクな大人なんてそうそういないだろうと言う事くらいだ。
年を経ていようがなんだろうが、結局は人間だ。不完全。
土台が崩れて、そうしたら。
小さく耳鳴り。
「救いようがねェ」
「どうしたってオレを見てくれることなんかないって知ってたんだ」
「知ってたよ、だってオレ何も出来ねェ」
「オレは、ヨシタダみたいに何か出来るわけでもねェしね」
「手だって」
「ないし」
「だからオレは、」
スイッチが切れたように江間は黙り込んだ。
下校しながら笑う声が微かに聞こえる。
「……ごめん、どうしようもないこと」
少しの間を置いてから、揺らぎを抑えた声が謝罪を告げた。
「ごめん」
「構わないよ」
何の害を被った訳でも無い。
何処も彼処も変わらない。
大なり小なり、押し付けられて振り回されて。
迂闊に信じていたら、痛い目を見る。
弱かったならばあっさり壊れて、それで、
「……別の誰かになろうとするのは無駄な事かな」
江間が呟いた言葉に思考が中断し、耳鳴りが少し大きくなった。
『代わり』にはなれても、『そのもの』にはなれない。
そんなのも、当たり前の事。
ただ、『代わり』ではなく、『非でありながらそのもの』だとしたら――。
フェンスの向こうの地面を見下ろす。
高い所が好きな二人。
高い所が好きな一人。
夕日。
鈍い音。
潰れた桃に集る蟻。
夕日。
淡く光る蟲、住処を亡くし、潰れた頭の近くを揺蕩う。
一つになった目が、同じ色のそれが、虚ろに夕日の赤と青白い光を映す。
それを見て、確か。
『 にいさ、 』
何て呼んだか、は、きっとどうでもいい事だ。
だって私は、
ざりざりざりざりざり。
軽い頭痛に、紙袋の隙間から手を差し入れて額に触れる。
指先は冷えていた。
黙り込んで屋上の床を見詰める江間に問いかける。
「……ねぇ江間クン」
「……うん?」
「この間私、兄弟の事なんて言ったっけ?」
「……ええと……『上が菫で、下が薊』?」
「――そう」
だから何だって言うんだ?
実にどうでもいい事だ。
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