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同行した生徒と別れ、GT前でイグニッション解除。
大して疲れてはいないはずだったが、微妙な倦怠感に首を振る。
軽い耳鳴りがする。と。
「あ、菫センパイ! ……だよねぇ?」
顔を上げた所にいたのは、オレンジ色のツナギを着た江間だった。
にこにこと屈託のない笑顔で寄ってくる。
疑問形だったのは多分、イグニッション解除後で紙袋を被っていなかったせいだろう。
詠唱兵器でない普通のはGTに来る道すがらに目立つので外してあった。
「あれ、今出た所?」
「――うん、そう!」
「そっか、少し休んでからでいいからさ、一緒にもう一回りしねェ? お面出たらあげるねぇ!」
「構わないよ! でもお面はもう要らないから自分で付けてっ!」
普段と何も変わらない会話。
周囲は少し薄暗いが、蟲を使う程でもなかった。
「暗くなるの早えーよね、最近」
自分の視線に気付いたのか、江間が空を仰ぐ。
「確かにねぇ」
冬が近い、この季節は日が落ちるのが早い、自然の巡りで何の変哲もない事だった。
――耳鳴りが。
軽く首を振る。
近頃どうにも煩くてならない。
聞こえる事自体は、当然なのだから構わないのだが。
「でも何かさ、こういう冬のキーンとした空気もオレ、嫌いじゃねェんだよね。肌を刺す感じっていうかさァ?」
「ああ、そうかな、夏より好きって人もいるだろうね!」
会話が続く。
それ自体に問題は無い。
いつも結社で交わすのと、GTで交わすのと、何も変わりはない。
違うのは、『声』がうるさい事だけだ。
「夏場とか神風すっごいグッタリしてたよねェ! やっぱ暑さ寒さに対する耐久力って個人差が大きいっつーかさ……」
江間の声が少し遠くなる。
自分の声が少し遠くなる。
「そうだね」
江間が口を閉じたようだ。
何か喋らないと。声がよく聞こえない。
「だよね、寒暖に対する個人差はさ、体温調節の機能というか新陳代謝とかも関わってるんだろうけどさ結局はアリランス・クルーの水際の羊の緑青における生体反応の氷射が砂糖に西側の名矢が懸からずもメルガの、」
流れ出ていた自分の言葉にようやく気付き、その場で止める。
目の前の相手は、訝しげな視線を送っていた。
ああ、そうだ、こういう顔の相手には、どうするんだっけ。
――ええと。
そうだ。
「……失礼」
可能な限り何でもなかったように。
いつも通りに。普段通りに。
「――昨晩、少々眠れなかったもので」
別にそんな事は無いのだが。
本当に眠れなかったのかどうかは、関係ない。
ただ、相手がそれで納得すればいい。
とりあえずの理由を述べればいい。
相手はオレンジの瞳を瞬かせた。
「……そォ」
長身と言って差し支えない相手、自分と同年代の相手、それはまだ訝しげな様子は残ったまま、一応の様に頷く。
首にかけられたゴーグルが、夕陽を反射した。
「ていうかさ、菫センパイ」
「……うん?」
相手、相手、相手――ああ。
江間は口を尖らせる。
「睡眠不足なら帰って寝なよ。GTは逃げねェだろ?」
「……ああ、それもそうだねぇ!」
移動式のGTが有ったら面倒に違いない!
完全にないと言い切れないのは恐ろしい事だが。
軽く肩を疎めて笑う。
「ごめんね、じゃあ今日はやっぱり戻る!」
イグニッションカードをしまおうとした指先に何がが触れた。
硬い丸い物。ポケットから出てきたのは飴玉だった。
自分で買った覚えはないのだが、どうしたのだったか。
――まあ、いいか。
「……ちゃんと寝なきゃダメだぜ?」
「どうも!」
すれ違い様に、それを相手の手に落とした。
軽い詫びと礼になるかどうか。
うおッ、と掴み直してそれを見た江間は不思議そうな顔をする。
「センパイ、これ、」
「ポケットに入ってたから!」
笑いながら告げた言葉に、江間の眉が寄った。
探る様な視線に首を傾げる。
「何か? 賞味期限切れる程に前のじゃないはずだよ!」
「ああ、や、ならいい……うん、いいんだけどさァ」
「何も仕込んでないし!」
「いやそこ念押されると余計怪しい……ッ!」
真贋を確かめる様に指で摘んだそれをじっと眺める江間に軽く手を振った。
「じゃあまた、結社か何処かで!」
頷く姿を見てから背を向けて歩き出す。
一応は、落ち着いた。
――さて、何で煩いんだったっけ。
「寝不足」
心中の質問に声が出た。
小さく笑ってそうだと首肯する。
そうだ、寝れば治る、いつも通り。