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PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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(何事も無かったら何か変わったのか。何も変わらなかったか)




町の裏手にある、山と言うには低い場所。
地滑りのお陰で木が無くなり、崖の様になった高台で、二人の兄弟が何事か話している。

「無駄だと思うけど」
「何でそんな事言い切れるの?」
「何でそんなに信じてられるの?」

穏やかとは言い難い語調の会話は、兄が肩を疎める事で終わった。
弟はやや不服気だったものの、それ以上は言葉を重ねず黙り込む。

「まあ、どうせすぐに分か……」

大して抑揚の無い調子で告げかけた声が途中で切れる。
不貞腐れた様子で他所を見ていた弟も、それに気付いて兄の視線を追った。

「――……!」

息を飲んだのは、どちらだったか。
二人の視線の先には、唸りを上げる大型犬。
あからさまな敵意を持って歯を剥き出すその姿は、だけれど決して生きているものでは無かった。
腐臭が風に乗って二人の元に届く。

「…………」

逃げなかったのは、何故だったか。
既に何度もこの手の不条理と相対していたが故の自信だったか。
子供の足で逃げるよりは立ち向かった方が良いという打算だったか。

それとも単に、これらの存在は消すべきだと教え込まれていたが故の当然だったのか。

ともかく、兄弟は無言で構える事を選択した。





唸り。
漂う青白い光。
緩く緩く増して行く焦り。

予想以上に素早い動きに蟲が中々狙いを定められない。
元から父親たちの様にきちんとは操れていないのだ。
飛び掛かる犬に意識を向ければ集中が途切れ、蟲は散らばる。

何発かは当てているのだが、浅い。
体力の削り合いになれば明らかに自分達が不利だ。

――人のいない場所にいたのが災いした。
例え叫んでも誰かに届く可能性は低い。
隣の片割れに視線を向ければ、そちらにもやや疲労の色が浮かんでいた。

一度二人で合わせて蟲を叩き込んで、状況打開を図るべきか。
そう声を掛けようとした時に、犬が地を蹴った。

それまでと同じ様に、左右に散り――。

「!?」

犬を追おうとする視界に入ったのは、傾ぐ姿。
飛び掛って来た犬を避ける為に引いた足が、地面に止まり損なったらしい。
少しだけ呆気に取られた様な表情は、一瞬の内に崖下へ消えた。

声は聞こえなかった。

「……っ!」

咄嗟の事に悲鳴も上げられない。
意味のない言葉が漏れる。
原因となった犬は落ちる事なく踏み止まり、今度は此方へ狙いを定めていた。

混乱。

再度飛び掛ってきた犬を、何とか身を低くして避けた。
無意識に背中は崖では無い方へと向ける。
何から何から何から何から何からすればいい?

混乱。

ぎゅっと握った腕、肌の下、蟲の動く感触に、ようやく目の前の状況が戻ってくる。
数の有利も無くなった。
けれどもたかだか十歳程度の子供の足と獣の足では、逃げた所で背中から飛び掛られるのが関の山。
何より置いて逃げる訳にはいかない。
ならば。

犬から視線は外さぬまま、一度だけ深呼吸。
今すぐにでも崖下を覗き込みたい衝動を必死で抑え込み、蟲の制御に集中する。

「…………」

無言で睨む此方の敵意を理解したか、犬が駆けて来る。
まだ駄目だ。
ギリギリまで引き付けないと。
喉笛を狙った犬の顎が大きく開かれ――。

「――消えろ!」

その喉奥に向かって、集めていた蟲を一気に叩き付けた。
ギャン、と生きた犬と同じ悲鳴を上げて死骸は地面にその身を転がす。

まだ死に切っていない。
頭の半分を飛ばされながらもまだ四肢が動いている。
咄嗟に石を握り、それに蟲を纏わせた。

無言でひたすら頭を潰す。
何かが砕ける音を数度響かせると、ようやく動かなくなった。

僅かの間、荒げた息を整えていたが、すべき事を思い出してはっと立ち上がる。
石を投げ捨て、崖の淵に跪いて下を覗いた。

覗き込んだ途端、見覚えのある色と目が合う。

こちらを見上げるその視線に安堵して声をかけようとしたその時、ふと違和感に気付いた。
顔の半面が、影になっているかの様に暗い。
確かに夕暮れではあったが、いまだ顔の判別が付かない程の時間ではないというのに。
数度瞬いて、そしてようやく理解した。

「……あ、」

声が震える。
半面が見えなかったのは、潰れていたからだ。
暗かったのではなく、赤黒かったから認識出来なかっただけだった。
そしてこちらに向いたその瞳は、見上げていたのではなく――虚ろに開いたままになっているだけだった。

震える声で名を呼んだ。
けれども返事は、無い。
分かっているが、よく分からない。

緩く緩く、横たわった体の下に黒が広がる。

動かない。

黒の中から、青白い光が上がる。
主を失った蟲が、住処を失った蟲が、周囲に漂い出す。
夕日の赤と、青白い光に照らされながら、紫の目は、何も映さない。

「――……    !」


(上げた悲鳴は、やはり誰にも届かなかった)







(だから僕は、犬が少し嫌いだ)



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鬼頭・菫(おにがしら・すみれ)
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