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適度に離れて適度に遠く。
「おや、どうぞ。お茶を淹れる所です、今丁度」
黙示録の登録書を持って扉を開いたらそんな声に迎えられた。
声の元では、部屋の主であるキューアネウがカウンターテーブルの奥でポットを片手に立っている。
サイドテーブル近くの椅子には篠梅が座っていて、軽く会釈を向けてきた。
「どうも、鬼頭さん」
「今日は何か?」
あまり抑揚の無い平坦な二人の声が続く。
そういえば一度、灰髪の少年の方に此処に住んでいるのかと聞いたら、そんな感じの様な気がする、と曖昧な答えが返って来た。
奥の部屋には入った事がないので、そちらにはまた何かあるのかも知れない。
あまり興味は無いが。
「黙示録! ……っていうかまた何か増えたのかな!」
「ええ、気が向いたので。――先程全く同じ事を言われましたが、篠梅に」
「まあ、一目で分かる変化ですから」
「ですかね。増やしますか、そろそろ棚も」
「……これ以上ですか」
見慣れない頭蓋骨の形のランプを手に呟けば、キューアネウの至極あっさりとした同意と肩を竦める篠梅の嘆息が重なった。
飾り棚と普通の棚が雑多に並ぶ部屋は店なのか住宅なのか判然としない。
此処は店なのか、それも問うたら、『店だと思う人には店だろう』というこれまた曖昧な答え。
別にはぐらかしている訳ではなく、どう取られようが興味が薄いのだろうと薄ぼんやりと察したのは結構最近の事。
どちらにとっても興味の薄い事象ならばわざわざ追求する事もあるまい。
「随分と賑やかなのですね、クリスマス、銀誓館の」
「そうだね! 菫ちゃんえーと……三回目?かな、だけど毎回凄い感じ!」
「ご予定は、お二人とも?」
「結社の友人と夕方出掛けるくらい!」
「……恐らく父の参加する催し物に同席するかと」
「そうですか、……余り賑やかに騒ぐ方々でもありませんでしたね、そういえば」
些か気乗りのしない風の篠梅の返答も特に問い返さず、キューアネウはポットを傾けた。
紅茶のカップと引き換えに登録書を渡し、適当な世間話で場を繋ぐ。
それ自体に快や不快はなく、単なる日常の所作だ。
「生憎とありませんが、お茶請けは。オルナメントでプレッツヒェンでも吊るして置きましょうか、クリスマスですし」
「オーナメント……ツリーはありましたっけ?」
「気分だけなので、何処に吊るしてもいいかなと」
「あれって虫とか付かないの?」
「分かりませんが、日本の気候は。それでも焼き菓子ですから、しばらくは問題ないかと」
ポットを置きながら、ふと何かを思い出したようにキューアネウが顔を上げる。
薄い青い目は感情の差異が分かりにくいが、自分は元から目で察せられる程に敏くは無い。
さっきの台詞から日本に来て長くはないのだな、という事を今更ながらに知った程度だ。
「そういえば菫、蟲は気持ち良いですか?」
「はい?」
「蟲」
やはり淡々と繰り返された単語に数秒黙考。
篠梅も意味が取れなかったのか、軽く瞬いてキューアネウを見る。
先の会話から普通の昆虫を連想した頭は、その後にようやく体内の蟲を指している事に気付いた。
無意識に血流を確認するように首筋に触れるが、生温い体温以外に感じるものはない。
「ああ、私はもう慣れてるからよく分かんない!」
「そうですか、……残念」
「入れるの?」
フランケンを戦の伴侶とする相手は、確かに能力的に適性はあるだろうが。
しかし首は緩やかに左右に振られた。
「千風にも聞いたのですが、前に。どちらとも答えてくれなかったので、興味本位です」
「慣れない内は気持ち悪いかも、って聞いたような気がするけどね!」
「……千風は慣れるのが怖いと言ってましたから」
「怖いかな! 菫ちゃん分かんないけど!」
「私にもそれは分かりません、蟲を飼った事はありませんし」
今度は篠梅が首を振ってカップを傾ける。
唇のピアスの部分から零れたりしないのかと思うが、平気そうなので不便はないのだろう。
椅子の上に乗っていた本を無造作に押しやって腰掛けると、キューアネウは言葉を続けた。
「楽しそうです、知らない感覚は。ただティティが動かせなくなるのは困る」
自身のフランケンの名を呼び肩を竦める相手と使役の関係性など自分は知らないし、深く聞く気もないので、そう、とだけ返す。
従妹のようによく分からない理由で使役を欲しがるものから、この相手のように最初から連れているものまで様々だが、自分で連れる気はないのでその辺りを聞いてもあまり意味が無いように思えた。
篠梅も特別気にしないようで、軽い頷きを返すだけだ。
適当な無関心と言えなくもないその中で、カップから上がる湯気に目を細める。
これはこれでいいのだろう、多分。