[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
例えば帰り道。
菫がいきなりコートの端を掴まれても驚かないのには、一応理由がある。
例えばそう、見知った親戚の少女が、彼女曰く『盾』にする為に菫をGTに引っ張って行く時の仕草だったりするからだ。
冗談や言い訳ではなく、本気でゴーストの方に蹴り出すから始末が悪い。
この時もそうだと思い、振り向きざまに手を振り払おうとしたのだが、それより先に声が飛んでくる。
「菫ちゃん、今夜暇?」
予想と違う声に顔を向けた。
菫よりは低いが、女子にしては高目の位置にある赤茶の髪。
考えていた相手とは違う。
「暇だけど?」
それでも質問自体は問題なく頭を通り、考えるより早く答えは口から滑り落ちていた。
答えに相手――玖凪蜜琉は笑う。
「遊びに行かない?」
「何処にかな?」
「GT、今から準備したりしてだと夜になるけど」
笑いながら告げる姿。
普段と何ら変わりない表情。(菫は他人の顔を鮮明には覚えていないので、多分、その筈)
「構わないよ! ……けど、最近夜に行くの流行ってるの?」
数日前――だった気のする江間からの電話も、確か夜だった。
結社の人間を誘うのはさして珍しい事では無いにしても、わざわざ夜を選ぶ必要は無い。
だから何か理由があるのかと思ったのだが、玖凪はやっぱり笑っただけ。
これまた江間と同じく電話番号を交換し、自結社に向かうという相手と一旦別れる。
正直な話、菫は電話は嫌いなのだが、連絡手段としては有用なのでやむを得ない。
別れる際も、特に玖凪に変わった様子は無かった。
少なくとも菫にとっては。
「じゃあ、あたし先頭行くけどいいかしら?」
「菫ちゃんは構わないよ! 玖凪クンの好きにすればいいさっ!」
夜の帳が落ちた廃墟に、蟲の光と弾ける音が踊る。
ゴーストを殴り打ちのめし踏み潰しながら先へと進む
前に見える背中に、菫は首を傾げた。
何も変わらないけど何かが違う気がする。
けれども具体的にそれが何かは分からないので、結局何も違わない気がする。
ただまあ分かるのは、玖凪はゴーストが憎いのではなく、単なる発散に近い形でGTに来ているのだろうという当り前な事。
――不思議だな。
菫は心中で『声』の一つに語りかける。
自分にも危険が及ぶ形での発散は、とても非合理にしか思えない。
それでも菫の知り合い、顔見知りの中でもその行動に走る人間は少なくない。
『声』は笑う様な響きを帯びて返ってくる。
(珍しくはないそう珍しくはないナナキアの端の森の者ですらきっとそうアドアの時の様に)
(その話は僕は聞いたことがないな)
(しているしているそうきっとしている玖珠見はよく手に持つものだから)
(四位砂の様に?)
(ヤクヤクヤクヤク)
攻撃の為の歌以外、玖凪は言葉を発さない。
頭の中に響くのは、自分の声と親愛なる友人の『声』だけ。
玖凪の姿を視界に、菫は小さく肩を竦めた。
何があるにしても何がないにしても、この類の事には菫は適さない。
余計な事をしでかすよりは、適当な相手に任せておいた方がいい。
よく分からない。
でも、まあいいか。
結局、菫の考えはそこに帰結する。
他人の中など幾ら考えても分かる筈がない。
理解出来ないものを理解しようとしても、来るのは頭痛と吐き気と手先の冷え。
自分に利は無い。
全くもって、いつもの答え!
視線を戻して菫は少々距離の開いたその背を追った。
とりあえずこれは自分には付き合える事なのだから、その程度は。
後を追う。
玖凪は振り向かない。
(「どうせ僕の声は誰にも届かないんだし!」)