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数日前、夜。
がたん、と鞄が倒れて携帯電話が零れ落ちた。
何の気なしに拾おうとした所で、それが着信を示して光っている事に気付く。
音もバイブも切ってあるので、ただ光だけが瞬いている。
学校用(主に依頼)に用意した携帯はスライド式。
開かずとも名前は画面一杯に。
江間 良将
あれ何で、と思うも、そういえば教室でたまたま携帯を見かけた江間が番号登録というか交換をしてくれていたのを思い出す。
全く記憶が混雑していていけない。
それもいつの事だったか、よく覚えていないけれど、今画面に名前が出ているのだから少なくとも現実の出来事だったのだろう。
通話ボタンを押す。
『GT行きませんか』
前置きも無く一言。
瞬いたのはその唐突さよりも声の質。
ディスプレイに映った名前を見ていたにも関わらず、誰だろう、と一瞬疑問符が浮かぶ。
逡巡はすぐに打ち消した。
「構わないよ」
言いながら先程の鞄から邪魔な荷物を引っ張り出す。
何が原因かは知らないが、ともかくこの声は江間本人だし、菫に出された提案はGTへの誘いだけ。
ならばそれ以外、特に気にする事は無い。
『……学校近くで待ってます』
ついと時計に目線を向けた。
真夜中には少し早く、宵の口からはだいぶ経過した時間。
「あは、珍しい時間だね、まあいいけど!」
話す間に準備を整え立ち上がる。
笑う気配がした後で、短い電話はプツリと切れた。
暗い建物に、白燐蟲の光が灯る。
照らす壁に、赤黒い血が飛び散る。
そして消える。
力を持った音が、恨めしげに手を伸ばす女の自縛霊を掻き消した。
「ねぇ、江間クン!」
少女の形をしたリリスの刃を叩き折った相手に声をかける。
江間は僅かに視線を向けた。
「機嫌悪い?」
恐らく顔見知りなら誰でも(そう、菫が気付く位なのだから誰でも)聞かずとも分かるだろう事を聞いてみる。
ハンマーが床に伏すリリスの顔面を叩き砕いた。
目だけは敵をしっかり見据えて、江間は口元だけ笑う。
「今度メシおごります」
答えは噛み合わない。
が、聞いていなかった訳ではないだろう。
常に口端に浮かんでいる薄笑いが、少しだけ深くなる。
反応を返せるならば、まだ平気だろう、多分。
それ以上は、菫の関知する所ではないし、した所で何も出来ない。
聞いてみたのは好奇心。
ハンマーが室内の停滞した空気を切って、音を鳴らした。
腰を砕かれた死体が甲高い悲鳴を上げる。
溜まった何かを潰すように、砕くように、凶器が唸った。
江間の視線はもう完全に前を向いている。
二言三言の会話をかわすその間にも、ゴーストの手は迫ってくる。
既に何週目だろうか、よくは覚えていないが、それでもまだ疲労は来ない。
紙袋の下、インカムの位置を直し、声を武器に変えて薙ぎ払う。
「いつまで?」
笑い声を交えて問うと、既に角を曲がりかけていた姿からも同じものが返る。
「朝まで、ですかねェッ!」
途切れた言葉の間には、肉の潰れる音が入った。
沈黙は続かず、すぐに江間の笑いとゴーストの唸りが響き始める。
「あっは、上等っ!」
「でしょう?」
響く響く。
切羽詰った雰囲気は無いが、それでも明るい笑いでは無く。
窓から外を見る。
朝はまだ、遠い。