PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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「ねぇねぇ菫ちゃん、何か変わった感じするかしらー?」
共にジョブチェンジに訪れた玖凪が、自分の腕を見て首を傾げる。
それにつられて自分も首を傾げた。
白燐蟲と黒燐蟲の割合を、或いは優劣を入れ替えたのか、行った当人でもよく分からず。
「んー、入れた時程は感じないねぇ、若干ダルいけど!」
「そうよねぇ、まだ両方体の中にいるんだものねぇ」
意識すれば肌の下に蠢く感覚があるが、それが白燐蟲か黒燐蟲か判断する術は流石に無い。
薄い皮膚の下、確かにそれらはいるはずなのだが見えるわけも無く。
試しに服の袖を捲ってみるが、筋の浮き出た腕には何の違いも見出せない。
戯れに指先に蟲を集めてみようとして、ふと差異に気付いた。
「あ、でも白燐光は使えないね! 白燐蟲がうまく集まってくれない!」
つい先刻まで望めば周囲を照らした筈の白光が、今は仄かな蛍の光にも足らず。
白い指先を踊らせる様に軽く掲げた玖凪も瞬いた。
「あら本当ねぇ! そういえば黒燐蟲使いの本業って憑依法?だったかしら」
「そうらしいねぇ、でもあれって同意無いと使えないんじゃなかった?」
「確か図書館で見た限りではそうだったわねぇ……。ねぇ菫ちゃん、試してみなぁい?」
振り返った相手の顔は実に楽しそうで、視線を合わせるのに被ったフードを軽く持ち上げる。
赤茶の瞳は時折こういう悪戯染みた光を浮かべるが、特に嫌いではない。
「試すってお互い? まあ構わないけど!」
「そうそう、どんな具合かしらー、って! あたし先にやってみてもいーい?」
「お好きに!」
「ええとそれじゃあ……どうやってやるのかしらねぇ、フィーリングでどうにかなるわよね!」
「フィーリングって随分と便利な……わ」
瞬きの間に目の前の人影がシルエットの様に黒くなったかと思うと、次の瞬きの後には跡形も無く。
かつん、と響くは自らの足音のみ。
「……玖凪クン?」
呼び掛けに答える声は無い。
「あ、そうか、聴覚以外使えないんだったっけ!」
「と、するとどんな感じ、って聞いても分かんないか」
通るは風の音。
「物凄い独り言を呟いてる気分です菫ちゃん!」
「……『声』よりも反応薄いんだもんねぇ」
「ちょっと歩いてみたりした方がいいのかな!」
足音だけが再び響く。
「――いるって感じしないんだけど、本当に出来てるのかね!」
「………………」
何の変化も認められないのに目の前の相手が消えて自分の中にいるという奇妙な感覚。
「……そろそろ解除して貰ってもいいかなぁ」
音を上げるのは思ったよりも早かった。
応えはやはりなかったが、強く目を閉じて、再び開いた時には鮮やかな髪が風に舞っている。
表情を見てみれば、あまり芳しいものではなく眉が寄っていた。
「……あんまり楽しいもんじゃないわねぇこれ……!」
どうやらあまり好ましい感覚ではなかったのは相手も同様だった様子だ。
それに幾許かの不安も覚えて首を傾ぐ。
「聴覚以外使えないのって辛くないかな!」
「あー……なんかすっごいこうね……つまんないわ! 菫ちゃんもやってみれば分かるわよぅ!」
言葉で表せない事を悔しそうに軽く身を捩ると、玖凪は促すように手をひらひらと動かした。
つまらないと断言されて尚試すのも少しばかりどうかと思うが、何れ必要になった場合に初体験では使い勝手も悪いだろう。
とはいえ、先程さして苦も無く相手がやってみせた芸当が出来るのかどうか。
思えばこの学園に来てから卒業するまで、白燐蟲以外を操った事が無かったのだと実感する。
「まあ確かにそうなんだけどねぇ、って、蟲に意識を集中させる感じで出来るのかな!」
肌の下を這う蟲と同調するのをイメージすれば、どうにかなるのだろうか。
よく分からないままにも、一呼吸。
「大丈夫大丈夫、きっとなんとか出来る……ほら!」
玖凪の声が一瞬だけ遠くなって、それで視界が途切れる。
「菫ちゃん?」
返事をしたいが声は出ない、聴覚だけ、という説明を改めて思い出す。
「あ、さっきと同じだから何言っても答えられないのよねぇ」
肉体が無いのに何処で考えているのかはよく分からない。
「なんかこう、一言で言うともどかしいっていうか」
というか耳もないのに何処で聞いているのか。
「つまんないっていうか!って感じじゃなぁい?」
思考能力が無ければ解除も出来ないだろうからそれに関しては問題ない、が。
「これ、あれかしら?GT行ったりすると音だけでなにがなにやらわかんなくって恐怖心だけ煽るものなのかしらねぇ?」
暗いのかそうでないのかも分からない状態で自分でない相手の声だけを聞くのは、
「あ、そろそろ解除する?」
玖凪が言うのと、解除するのは恐らくほぼ同時だっただろう。
戻った視界に目を眇めてから、自らの顔に触れて感触を確認する。
「……気持ち悪っ……!」
意図せず零れた声が自分のもので異様に安堵した。
玖凪が苦笑に似た笑みを浮かべて細い腕を組む。
「でしょー? 何か本当もどかしいっていうか!」
「音だけ聞こえて自分で思うように動けないとか下手すると拷問だよね!」
五感の大半が使えない状態で、周囲の状況確認もこれでは満足に出来ないのではなかろうか。
しかも憑依主との意思疎通も出来ないとなれば、聴覚のみで判断するしかない。
もしかしたら、慣れてないが故に使いこなせていないのかも知れないが――いやはや。
「潜入の時とかもちゃんと聞いてないと解除のタイミング難しそうねぇ。慣れれば別かしら?」
小首を傾げる玖凪を見ながら、フードを深く被り直す。
微かに吐いた息はマスクの中だけで留まったらしい、玖凪は考えたままだ。
「慣れるほど使いたく無い気も少しする!」
「それには同感だわー……」
必要時ならば仕方無いだろうが、少なくとも自分にとっては遊び半分で使って楽しいものでは無いだろう。
それが分かっただけで収穫だ、と足を踏み出せば、グラウンドを眺めていた玖凪も歩き始めた。
階段を下りながら、教室に目を向けた相手が語りかける。
「ねぇ菫ちゃん」
「うん?」
「あたしたち、もうここの生徒じゃあないのよねぇ。なんかまだ実感わかないわぁ……」
「そりゃしょっちゅう結社とかに来てるから!」
「まあそうなんだけど、そうじゃなくて、ねぇ。うーん、やっぱり不思議よぅ」
「……まあねぇ、若干は」
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