PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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全く持って理解出来ないという感情は、きっと誰にでもあるはずで。
『――トゥクェルの矢焼により第四次:453789常のセキクの舞落が勃発する。
また、遠シ湖道において記録的なサ・トルイナーの大発生が平行した。
タタの白音である「ゆのわ」はこれを逆手に取り……』
既に殆どが帰宅して静かになった教室で、菫はぼんやりとノートに『親愛なる友人』の一人の語る言葉を記録していた。
窓辺には吊下骸がいたが、眠っている様子で会話は無い。
聞こえるのは『声』だけだ。
さして重要な話では無いが、こうして書き留めて境界を線引いておかないと周囲の現実と混雑する。
ああ、この間聞いた話の続きだ。
やはりぼんやりとそんな事を考えながら書いていく。
綴られていく文字列を収めていた視界に、するりと「白い何か」が入り込んだ。
ノートやプリントの類では無い。
例えるならば子供が戯れにシーツを被った様な物体。いやこの場合は生物か。
一瞬だけ目を軽く開いたが、この(他人の外見を覚えない菫でも即座に認識出来る程度に)インパクトのある格好の人物は、今この部屋には一人しかいない。
「ああ、おはよ……」
夕暮れではあるが、起きたばかりの吊下に掛けようとした挨拶は、掴まれた服の端と続く言葉に止められる。
「おとーさん」
瞬く。
繰り返すがこの場には吊下を除けば菫しかいない。
「あのね、おとーさん」
冗談かと思って返答の言葉を選んでいる内にも吊下は語り掛けてくる。
目を擦りながら呟くその姿が若干揺れているから、まだ眠りから半歩出た辺りなのだろう。
「きのうはおふろやさんの、おじちゃんにおまけしてもらったの」
「きょうはちゃんと、じぶんからあいさつできたよ」
どうしたものか考えるが、結局言葉にまでは成らずに紙袋の下で数度口を開閉させて終わる。
「あしたは……」
少々舌足らずな言葉はそこで一旦止まった。
目が覚めてきたのかと思ったが、左右にゆらゆら動く姿はまだ眠りに八割を取られている。
半ば瞼を閉じたまま、吊下は菫を見上げてきた。
「おとーさん……撫でて」
止まる。
さて、どうしたものか!
完全に目を閉じた吊下は、放って置いても再び眠りそうではある。
或いは逆に、軽く揺さぶるなり大きな音を立てるなりしたら目覚めそうでもある。
菫は「おとーさん」では無いのだから、どちらの手段を取っても怒られる筋合いは無い。
無いが。
菫は手を伸ばして、白いフードを撫でた。
満足気に笑った吊下は、ふらふらと戻って行く。
倒れ込む様に机に突っ伏した相手の方から呟きが聞こえた。
「おとーさん……大好き」
以後は再び静かな部屋。
「――私は菫なんだけどね」
小さく肩を竦め独りごちた。
珍しい事をした自覚はあるが、それが単なる気紛れに近い事もまた知っている。
――お父さん、ねぇ。
家族を懐かしむという感覚はよく分からない。
母親は気持ち悪い。顔も見たくない。
父親は出来ればさっさとこの世界から消えて欲しい。
偽らざる本音だが、先日親戚の少女相手に口にしたら殴られた。
おまけに手が痛くなったと怒られた。
意味が分からない。
いや、あの相手に筋の通った説明を求めても無駄だろうが。
『……大好きな家族と、一緒にいたくとも、叶わなかった人もいるのですよ』
そう呟いた少女と、父親を呼ぶこの相手の心情は菫には分からない。
相手にとってもきっとそうなのだろう。
だったら無理に理解する必要もあるまい。
別に菫に不利益も無いし、相手にも多分悪い事では無かったのだろう。
あくまでも多分。
恐らくはこれもすぐに忘れてしまう出来事。
結局菫の気遣いなどはこのレベルでしか無い。
手元に視線を戻せば、書き掛けの文章。
意識を『声』に向けてみるが、どうやら続きは聞けなさそうだ。
ノートを閉じて立ち上がる。
近くの校舎から反射した夕日に目を細めながら、教室の扉を閉じた。
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