PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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――GTからの帰り、アパートの前に見知った人影を確認して足を止める。
「遅いですよー」
片手に籠を下げ、低い石垣に腰掛ける少女は一先ず無視。
漂う独特の香に目線を下に向ける。
盛り上がった地面と、捧げられたネジバナ、薄く煙る線香。
少しだけ目を上げれば、部屋に入る所らしい大家とその孫が見えた。
「――ハムスター、死んじゃったんだそうです。最近暑かったですからね、そのせいでしょうか」
聞いてもいないのに語るその声は軽いが、この相手は元からこういう調子だ。
つまり元々が軽薄なのかも知れない。
「……何でキミ私の家知ってるの」
「前に菫兄、私のこと無視して帰ったじゃないですか。これだけ近ければ覚えますよ」
「で、何の用?」
「何だと思いますか」
「知らないよ!」
あっさり肩を竦めて返すと、少女は弄っていた線香の束を籠に放る。
「お墓参りの帰りなのです。ですから菫兄を盾にしてGTに行こうと」
「繋がりが分からないんだけど!」
「改めてゴーストがむかついて仕方ないので憂さ晴らしということです」
「いや、だから意味が」
「あんなものいなかったら、私が今日お参りするのは顔も見たことないご先祖様だけでよかった」
「は?」
「いなかったらよかったのに」
「……ちょっと」
「さっさと全部いなくなればいいのに」
「…………」
「そう思いまして」
代わりに供え物らしい桃を一つ手に取った。
「でも」
無造作にそれを菫の手に押し付ける。
「そんな気分でもなくなりました」
押し付けられた果物を、いつの間にか顔を俯けた相手を見下ろす。
線香の香りが漂う。
桃を持ち上げる。
「……何か妙なもの盛ってあるの?」
「空気読んでくださいこのガリ野郎が」
間髪入れずにボディーブローが来た。
体格と年齢の差で大した威力は無いが、結構いい所に入って僅か身を折る。
打たれた腹を片手で押さえて眉根を寄せる菫に、少女は薄い色彩の目を向けた。
「菫兄はお墓参りとか……行くわけありませんか」
「あっは、素でさっきの行動は無視する訳ね……! いや、行くも何も、参る相手いないよ!」
「ですね。ご先祖様敬う性格にも見えませんー」
「理解してくれてどうも!」
「こちらこそ心にもないセリフをどうも。ともかく今日は帰ります」
とん、と石垣から降りると、宣言通りに振り返りもせずに歩き出す。
何か言ってやろうかと思うも、言う事も無いので首を軽く振っただけで済ませた。
右手に持った桃が生温い。
――墓に参って、一体何になるのか。
確か前に誰かに聞いたら、『忘れないように』と返答された。
それは実に正しいのだろう。
いなくなった人間はすぐに記憶から風化していく。
緩く息を吐く。
握る力が弱まったのか、桃が地面に落ちた。
充分熟れていたらしいそれは、粘着質な音を立てた。
潰れる音。
高い所から見下ろして、一つになった目が見返して、動かないで。
――あれの名前は、何だったっけ。
それすら思い出せない菫には、もう墓に参ろうが何をしようがどうしようもないのだろう。
桃を拾い上げるその視界に、夕日に長く伸びた少女の影が映る。
自分より遥かに小さいその相手が曲がり角に消えたのを確認すると、菫は視線を逸らして歩き出した。
果物の落ちた地面には、蟻が集り始めている。
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