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(特別仲が良い訳でも悪い訳でも無い兄弟が二人)
「何で兄さんは高い所が好きなの?」
隣の弟の問いに兄は顔を向けない。
二人は黒いランドセルを地面に置いて、石の上に腰掛けて、眼下に町を見下ろしている。
「薊は何で高い所が好きなのさ?」
足を揺らしながら、からかう様に問いで返す。
弟は少しばかり考えて、
「だって、高いとこって色々見えてすごくない?」
ひょいとそのまま立ち上がる。
身長に石の高さが加わって、平素よりも高い視点に弟は目を細めた。
小さな山の、獣道を抜けた先。
昔に起きた土砂崩れが原因で、崖に近い急勾配となったその場所は、視界を遮る木々もない。
「外はなかなか出られないし、学校以外にでかける時はお母さんがついてくるし。学校でも遅くなると『心配したんだから』ってまたしばらく家から出してもらえなくなるから、より道もあんまりできないし」
「だから高い所から眺めるだけで満足する、って?」
その物言いに少々むっとしたのか、弟は眉根を寄せた。
「兄さんはいいよね、勝手に外に出ても何も言われない!」
「――僕だって遠くまでは行けない。たまに行くにしても、『同志』の人が一緒だよ」
兄の顔を僅かに過ぎった不快の表情に弟は気付かない。
石の上に立ったまま、自分の小さな右手を見つめる。
「僕もお父さんとか兄さんみたいに、蟲がうまく使えたらお手伝いの方にも出してもらえるのかなぁ?」
「……手伝いに楽しいことなんかないよ」
「だって、そうしたら外に出られるでしょ?」
「自由に動き回れるわけじゃない」
「そうなの? じゃあやっぱり兄さんも、高いとこから色々見るだけでガマンしてるの?」
視線を座る兄に向け、小さく首を傾げる。
空とも眼下の家々ともとれる位置をただ見つめていた兄は顔を上げた。
「違うよ。そんな理由じゃない」
少しずつ色を変え始めた空に向けて左手を上げる。
緩く緩く、何かを掴む様に拳を握って引き戻す。
「きっとね、高い所は音がよく聞こえるからだよ」
「音?」
「うん。人の声みたいなのが、聞こえるから」
弟は言葉に瞬いて、耳を澄ます。
響くは葉の擦れる音と町の喧騒、車にバイクの走る音。
「……声? しないよ」
「じゃあ、お前には聞こえないんだ」
「何で?」
「さあ、分からない」
すとんと弟は再び石に腰を下ろす。
「声がするの?」
「うん。ざりざりって何かをこするみたいな音と一緒に」
「お化け?」
「さあ、分からない。何て言ってるかは、よく分からない」
気のせいかも知れないし、と兄は首を振った。
弟はまた耳を澄ますが、聞こえないと肩を竦める。
僕が兄さんだったら聞こえるのかな、と呟く弟を見ずに「菫」はぼんやりと空を仰いだ。
(何気無い会話は深く深く刷り込まれ鬼頭菫の根幹の一つに)