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PBW、シルバーレインのPC、鬼頭菫のブログ。興味の無い方は回れ右。Cの知り合いの方はご自由にリンクどうぞ。
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(『声』はいつでも、いつでも、ずっと)








ひゅうとナイフが空を切る。
腐った血を払い落とし、付近に立つ人影を見やった。
暗闇に溶け込むようで溶け込まない。
街中でも山中でも大して目立たない、ある意味では奇妙な相手だ。

「――で、何でこんな所来たの?」

返事は無い。
マスクのせいで声が通らなかったのかと思ったが、単に無視しただけらしい。
被ったフードを更に目深に下ろして肩を竦める。
寒い。
唯でさえ年の瀬が近い時期、夜の山中ともなれば身を切るような寒さだ。
動いたお陰で少しはマシになったが、此処に居座れば芯から冷えていくだろう。
相手の意図は分からないが、まさか凍死させる為に連れ出した訳では無い――と思う。

「ねぇ!」
「……今更だけど、あんた風邪?」
「? いや?」
「何でそんな通り魔みたいな格好してんの?」

やはり返事は無く、まだ年若いと言って良さそうな女は問いを返す。
意味が分からず首を傾げた。
コートについたフードを被っているのは寒さのせいもあるが、自分の声が聞こえ易く、他の声が遮断しやすいからだ。
マスクも同様。外に出すには声が篭りはするが、どうせ喋る相手も少ないというかほぼいないので構わない。
そういった事を説明しようとしたが、別に本気で聞く気は無かったらしい。

「ソレ、慣れてんの?」

声を遮り、相手はぞんざいにナイフを指して質問を変えた。
自分の片手に視線を移せば、刃には青白い光が宿って周囲を照らしている。

「それ?」
「ゴースト退治」
「ゴースト……ああ、――あそこの『御勤め』の一つだったし!」
「そう。じゃ、慣れてんのね」

懐から出した煙草を銜えて、彼女は一人首肯した。
益々意図が見えずに息を吐く。

夜にいきなり尋ねて来た相手は、何も言わずに自分を引きずり出して此処まで連れて来た。
廊下の窓が開いていた事から判断するに、玄関は通っていないのだろう。
そも、正面から尋ねて来たとして、この時間の客人に祖父が出る訳は無い。
兎も角、連れ出された先にあったのは、夜にも関わらず明かり無しに歩く人影のある所。
淀んだ瞳が此方を捉えた瞬間、正体を理解してナイフを抜いた。

――生家では「不浄」「幽霊」「未練」……各自がある程度勝手に呼んでいたそれが、ゴーストと呼ばれているというのと、その原因である銀の雨の事はこの女から以前に聞いた。

ただ、呼称と原因が分かった所で、排除する理由が無くなる訳では無い。
今は強制されて向かう事こそ無いが――この様に、「いる場所」に連れて来られて放り出されたならば、そういう事かと消しに向かう程度の認識は染み付いている。

そういえば、状況把握前に放り出されたせいで忘れていたが、彼女も似た力は持っているはずなのだ。
この死人を消す為だけならば、無理に自分を連れ出す必要性は無い。
紫煙を揺らして女が向く。

「幾つだっけ」
「私は、ええと……、……十……十五! になる!」
「中学卒業する年よね?」
「行ってないけどさ!」
「知ってる」
「それはどうも! 嫌いな子供の近況まで覚えてくれてるんだね、有難う!」
「ムカつく方向に明るくなったね、あんた」

わざとらしく首を振って笑えば、女は胡乱気に顎を上げて見下す視線に。
自分の方が身長はあるので、圧迫感は感じないが気分は良くない。
だがそんな物、訴えた所で聞くまい。

「あはぁ、褒め言葉って受け取ってもいい?」
「……人も大して来ない山の中で、頑固爺さんと一緒に住んでて何で明るくなんの? 案外気が合った?」
「合うと思う?」
「いいえ?」

皮肉気に笑う相手に、軽い頭痛。
一緒に住む――暮らすというよりは、単に住む祖父とは、数年を重ねても会話の記憶が殆ど無い。
それどころか、顔をまともに合わせた事もどれだけの回数あるか。
勘当した娘と毛嫌いする義理の息子の子、引き取る義理など元より無かったのだ。
だからそれに不満を言う気など湧きもしないし、無理に会話したいとも思わない。

「まあ、あの家よりよっぽどマシだし! 後、『声』に負けたらいけないから自分の声も出さないと!」
「声? 何の声よ」
「あれ、前にも言わなかったっけ、ずっとずっと聞こえる! イエスルとか、ニナの――」
「……ああ、アホ臭い作り話」

今度は流石に僅か眉を顰めた。フードのせいで表情は見えないと思うが。
小さくなっていたざりざりという音が少し、大きくなる。

「作り話じゃないよ、私にはちゃんと聞こえるもの!」
「――何処になんの声が聞こえるって、この山の中で」
「山の中でも何処でも、誰が居なくてもそこにいる! 聞こえる」
「聞、こ、え、な、い、っての」

煙を吐きながら目を細める女の顔に、耳鳴りがする。
ナイフを握る片手に、知らず力が入った。

「私は菫だから聞こえる」
「……もう一回だけ言ったげる。んな作り話はいい加減にしときなさい。誰の気を引きたいの」
「別に気を引きたい訳じゃないよ、聞いたのはそっちじゃない?」

ああいけない、声が乱れてる。耳元で笑う『声』が強くなった。
――こんなに煩いくらいに聞こえるのに。
ああいけない、駄目だ、この程度で。
それでも薄い笑いは崩さないまま、フードの下から相手を見る。
女は無言だ。
頭が痛い。
ギリギリと手に力が篭る。
『声』を否定するならば、それは敵。
先程の死者と変わらない、鬼頭菫を害する敵。
敵だとしたら――。
冷えていく手先に意識を奪われたと同時、女は溜息を吐いた。

「まあどうでもいいわ。あんたが嘘吐きだろうが頭がおかしかろうが、私にはどうでもいい事だし」
「……それはどうも」

心底投げた口調に、此方も息を吐いて肩から力を抜く。
視線を逸らすが、女の寄りかかるバイクのライトと自分の蟲が放つ光以外の光源が無い場所では、何処も単なる黒い影に見えた。
暗闇を怖がりはしないが、置き去りにされたら面倒だとは思う。

「で、最初に戻るけど、あんた義務教育を引き篭もりで終えて来年の予定は?」
「あるとでも?」
「無いのに威張らないでくれる? ――ほら」
「え。な!?」

いきなり投げ渡された封筒を慌てて受け取る。
無地のそれには小さなロゴすら入っていない。中を覗けば、数枚のパンフレット。

「学校。そこ、小中高一貫だけど、編入もよくあるらしいから」
「がっこ……、……編入も何も、試験はともかく書類とか用意出来な」
「んなもん適当に作んの」

携帯灰皿に煙草を押し付けながらいともあっさり言う相手。
唐突な提示に意味が分からず見返すと、女は薄く笑った。

「そこね、あんたみたいな力持ってる子供が沢山いるの」
「……蟲?」
「蟲だけじゃない、まあ行けば分かると思うけど、とりあえずゴースト絡みの事は色々不明瞭になる場合も多いから――能力者はかなりザルな審査で通るらしいわよ。偽造でも平気でしょ」
「でしょ、って随分根拠無いね」
「私が通ってた訳じゃない、確定なんか出来ないの」

女はもう一本煙草を銜えようとして思い留まったらしく、箱を懐に戻す。
焦茶の瞳は闇の中では単なる黒。

「――あんまり暇して、家に戻られても困んのよ」
「戻る気は、」
「そりゃ今は無いでしょうね。でも此処で爺さんと死ぬまで一緒?」
「……それは」
「どうせ出てく気だって言うなら、さっさと出ても問題ないんじゃない。爺さんのが先に参るわよ、孫とも思えない可愛げのない子供がずっと一緒じゃ」
「…………」

マスクの中で静かに吐いた息は冷えている。
相手の言う事は一々正論。
耳元の『声』は幾つか重なり合っていて、一つ一つが判別出来ない。
だから単なるノイズにしかならないその中で、ただ黙って考える。
開くでも無しに封筒を見詰めていると、抑揚の無い声が届いた。

「何なら此処に置いてってあげるけど。そっちのが私の苦労少ないし」
「嫌だよ。何で他人の苦労減らす為に死なないといけないの」
「いいじゃない、どうせ別に何処でも必要じゃないでしょ、あんた」
「冗談。私は私が必要としてるんで」

淡々と続いた会話の後、再び人の声は途絶える。
バイクの方で何か動く様子がし――顔を向けないでいたら、次いで、衝撃。
ゴリッ、という音が近くに聞こえて、一瞬目の前が白くなった。
地面に転がる硬い音に、ヘルメットを投げ付けられたのだと分かった。

「寒いからさっさと戻るよ。馬鹿みたいに突っ立ってないで」
「……。……ヘルメットって一回でも衝撃受けたら変えた方がいいんじゃなかったっけ!」
「元々捨てる予定だったから構わないの」

痛いだの何だの言っても無駄だと思い、のろのろと拾い上げる。
どうせ捨てる予定、という事は保護具ですら無いだろう。
乗っている最中の寒さだけは防いでくれそうだが。
来た時と同じ様に、渋々ながら相手の後ろに乗る。
厚手のダウンを着てくれているお陰で、気持ち悪い鼓動も体温も伝わらないのがせめてもの幸い。

「胸触ったら振り落とすわよ」
「……頼まれても触らないって!」

――そんな鼓動が煩い場所、と続ける前に女はバイクを急発進させた。
体が本気で置いていかれる所だった。
あまりの唐突さに息を止めたが、数秒後に自分の発言が恐らく誤解を招いていたのだろうと悟る。
いや、誤解というにも語弊があるが――まあいい。全く、面倒臭い。
そういえばこの相手の名前は、なんだったっけ。西……何とか。多分。
まあそれも、どうでもいい。
背中から、左右を走り去る景色に目を移す。

「……人、沢山いるよね、学校は」

独りごちると、ヘルメットの中に自分の声が響く。

――何か、手段を考えておかないと。
『声』が、自分の声が、聞き取り難くならないの。

ぼんやりとした思考は、暗い木々の合間で消えた。




(否定する敵が、いなければいいんだけど)



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鬼頭・菫(おにがしら・すみれ)
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学生
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